感謝の気持ち。

帰宅すると、若い頃はけたたましい鳴き叫びで。

晩年は、静かにそっと近より尻尾を振って顔をなめ回して迎えてくれた君。

あなたは、最高の家族です。

2月の下旬に僕が高校生の頃から実家で飼っていたダックスフンドが天に召されました。14歳。もう少しで15歳でした。腎不全。

寿命だと言われればそうだったのかもしれませんが、まだまだ長生きしてくれる。勝手にそう思い込んでいたので、心の準備が出来ていなかった。

彼とは沢山の山にも登りました。元々、今もよく登っている金時山に散歩ついでに連れていってみたらこちらが驚くようなスピードで登っていき、楽しかったのか物凄く嬉しそうに走り回ってくれたことがきっかけでした。

その体形からダックスフンドでは多いそうですが、腰を悪くしたときは山に連れて行きすぎたと反省することもありました。

思えば一年位前だったか、そのくらいから彼の口臭が段々とキツくなりはじめは犬の加齢臭だね(笑)などとからかっていましたがそれが腎臓病のサインだったと気付いたのは大分後になってから。
あれだけ食欲旺盛で何でも食べていたのに、固いドッグフードは段々と食べなくなり、嘔吐することも多くなって行きました。

それでも、一緒にいるときは元気だったしまだまだこれから!と勝手に思い込んでいました。

2月の中旬に実家に帰った時、母に「あなた、もしかしたらもう会うのが最後かもしれない。」そう言われました。その時は、何言ってるんだよと思っていましたが(というよりはそう思うことから逃げていました)、本当にそれが最後になってしまった。時々しか帰ってこない僕よりもずっと敏感に衰弱を察知していたんでしょう。

飼うきっかけは、知人のダックスフンドが沢山子供を産んだから。当時、飼いたいと言っていたのは妹で父と僕は飼うのに反対でした。理由は死ぬのがかわいそうで見たくないから(この数年前に犬を亡くしていた)。

しかし、いざ飼い始めると毎朝、毎晩散歩に連れていくのは父で彼も一番父になついていきます。

そんな父、まだ彼(犬)が若かったころよく原っぱでバイクで追いかけっこをしていたことがありました。それ以来、父がバイクで帰宅するエンジン音を聞くと玄関で大声でお迎えに行くのが恒例になります。

最後の最後まで、2月の中旬に帰った時も父が帰ってくる時間になると玄関の方向を向いてジッと帰りを待つ姿が脳裏に焼き付いています。

彼がいなくなってからも、実家に帰るとふとした時に、足音が聞こえる気がすることもしばしば。

3月の下旬、深夜の山奥をバイクで走っているとふと彼が走ってついてきている気がしてバイクを止めました。
当時の追いかけっことダブった。

気付かれた方もいたかもしれませんが、前回金時山に登った時に手に持っていたのは彼のお骨。この日は納骨の日で始めて彼と登った金時山に最後に一緒に登りたかった。
山頂で綺麗な富士山を見せてやりたかった。

実はこの時の、金時山登山には続きがあり、下山し車で家へ戻る途中ドリンクホルダーに入れて置いたスマートフォンが運転中に勝手に作動。カメラを起動されどういう訳か数枚写真を撮影。シャッター音で慌てて気づき、停車。しかしこれで終わらず再び走り始めるとまた勝手に作動し勝手に撮影。

たまたま何かの拍子でそういうことが起こってしまったのかもしれませんが、1度ならず2度までも。この日はプロレスリングBASARAの王子大会で納骨の後、電車で王子まで移動。まさかとは思いましたが撮影された写真を電車内で確認してみると、1枚車の窓が撮影された写真の中にはっきりと彼の顔が写っていました。

すぐさま母に写真を送ると「連れてってくれたのが嬉しかったんだね。どう見ても彼の顔だね」と。
錯覚だよと思われるかも知れませんが僕にとってはそれだけで十分でした。

もっと早くに病気に気付いてやるべきだった。もっと沢山色んな所に連れていってやれば良かった。今となっては後悔も沢山ありますが、最近になって気持ちの整理は大分出来たので迷いましたがブログに記しました。こんなに素晴らしい家族がいたという自慢のために。

 

とにかく、

 

私たちの家族になってくれてありがとう。

安らかにお休みください。



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