沖縄の親父の話。

俺には、沖縄の親父とも言うべき存在がいる。

年齢も実の親父と同じ。

沖縄に住んでいた頃は、お金も自由な時間もあまりなかったけど、親父には色々なところに飲みに連れて行ってもらったし色々勉強させてもらった。

前島の怪しいスナック。と言えば沖縄の人ならすぐに分かるだろう笑。

一通り飲み歩いたら最後に行きつけの前島の怪しいスナックに行くのが親父の定番だった。ここら辺一帯は地元の人間じゃないと店の門をくぐるのも相当な勇気がいる雰囲気の店も多いが、親父のいきつけは外見こそ怪しいものの、中はいたって普通のスナックだった。

飲むのが好きな那覇の紳士は大抵、専属のタクシー運転手がいることも親父から教えてもらった。

親父はこのご時勢で、携帯電話をもっていなかった。

新聞社に勤めていた親父には、「俺に用がある時は、ここに電話しろ。」と会社の電話番号に電話するように言われていた。

始めは、電話しづらかったが何度か電話するうちにとってくれる受付のかたもすぐ慣れて「あ、○○さんね~」と繋いでくれた。

が、俺が沖縄から離れた少し後だったか親父は退職した。

俺から連絡する手段はなくなってしまった。

親父は沖縄プロレスの試合もよく、見に来てくれたけど、沖縄プロレスが終わり俺が沖縄から離れた後も、どこで情報を見つけたのか沖縄で試合があると見に来てくれることがあった。

そんな時は大抵、「よし、飲みに行くぞ。」と変わらず連れていってくれた。

いつだったか、そんな沖縄で試合があった後の飲みの席で親父は俺が載っていたプロレス雑誌を持ってきた。俺はその時、「あぁ、そんなの持ってきたの(笑)?」そんなニュアンスで言ってしまった。自分があまり載ることが出来ない悔しさの裏返しだったんだと思う。親父は珍しく顔を真っ赤にして怒った。「バカヤロウ。俺は毎回お前が載ってないかチェックしてるんだ。」

俺の意識が変わった瞬間だった。

最後に沖縄で試合したのが、もう2年半前。その時も親父は試合後にフラッと現れ、「見てたぞ。よし飲み行くか。」と誘ってくれた。でも、まさか親父が現れるなんて思ってなかった俺はどうしても断れない先約があって断ってしまったのだ。

 

先日のBASARA × DOVE 新宿FACE。

まるで、ここが沖縄かと錯覚した。もちろん、前触れも、連絡も、何もなく親父は現れた。

「今日は品川のホテル泊まって明日の朝、羽田から帰るから。」

そういって、親父は帰って行った。

相変わらず電話は持っていなかった…。


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